「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」 〈マタイ11:28〉
天にまします我らの父よ。
ねがわくは御名(みな)をあがめさせたまえ。
御国(みくに)を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、地にもなさせたまえ。
我らの日用の糧(かて)を、今日(きょう)も与えたまえ。
我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ。
我らをこころみにあわせず、悪より救いいだしたまえ。
国とちからと栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。 アーメン
説教「同調圧力」 伊勢希牧師
聖書 コリントの信徒への手紙1 12章 14節~26節
14:コリントの信徒への手紙一/ 12章 14節
体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。
15:コリントの信徒への手紙一/ 12章 15節
足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。
16:コリントの信徒への手紙一/ 12章 16節
耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。
17:コリントの信徒への手紙一/ 12章 17節
もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。
18:コリントの信徒への手紙一/ 12章 18節
そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。
19:コリントの信徒への手紙一/ 12章 19節
すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。
20:コリントの信徒への手紙一/ 12章 20節
だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。
21:コリントの信徒への手紙一/ 12章 21節
目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。
22:コリントの信徒への手紙一/ 12章 22節
それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。
23:コリントの信徒への手紙一/ 12章 23節
わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。
24:コリントの信徒への手紙一/ 12章 24節
見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。
25:コリントの信徒への手紙一/ 12章 25節
それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。
26:コリントの信徒への手紙一/ 12章 26節
一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。
2026年7月19日 聖霊降臨節第9主日礼拝
説教「今や、恵みの時、今こそ、救いの日」伊勢 希牧師
□読書会
7月31日(金)19時 多目的室
テキスト『教義学要綱』新教出版社 カール・バルト著 9-14章
□平和聖日礼拝
8月2日(日)10時30分 礼拝堂
*「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を礼拝の中で告白します。
□愛餐会
8月2日(日)礼拝後 礼拝堂
□役員会
8月2日(日)12時30分 牧師室
□子どもの教会 キャンプ
8月9日(日)~10日(月) 教会
□信徒の証礼拝 証者:西橋早苗
8月30日(日)10時30分 礼拝堂
*8月のつくしの会・ぶどうの会は休会です。9月から再開します。
□千葉支区 青年部打ち合わせ
7月29日(水)20時 Zoom
□千葉支区 教育部
8月2日(日)16時 西千葉教会
聖書:ヘブライ人への手紙 12章3節~13節(新417頁)
説教:「もう限界」 伊勢希牧師
讃美歌21:156、510、401-1,3,4
交読詩編:詩篇94編8節~15節
(礼拝当番)
司会:賴經吉晴 奏楽:石井ナオミ
受付:塚本真由美 子守:篠田和子
献金祈祷:小出典子
子どもの教会 夏休み
(礼拝後)
・愛餐会
・役員会